ブックタイトル季刊理想 Vol.126

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概要

季刊理想 Vol.126

2◆季刊理想2017冬号小学5年くらいの頃の母との会話を今でも覚えています。私「子供の本分は?」、母「勉強よ、勉強の仕方を学ぶことよ。」私「じゃ、先生は?」、母「教えることを学ぶことよ。」子供の方言での会話ですが意訳すると、ざっとこんなやりとりでした。子供にこのような言い方をしたのは、結婚するまで教師をしていたせいか、何か面白くないことでもあったせいでしょうか。「学び方を学ぶ」とか、「おとなも、先生でさえも学ばなければならない。」というような言い方が、子供心にも意外だったので、いつまでも記憶しているのでしょう。このやり取りは、その後、中学生、高校、大学、大学院へと進み、研究や教育に取組み、大学の運営や経営に関わるようになってからも、時折、反芻してきました。私は、コンピュータに学習させ(機械学習)、機械に知識や規則を発見させる(発見科学)研究に深く関わってきました。機械学習は、今や深層学習を中心に人工知能の基盤になり、大変なブームになっています。私が現役の頃にも、医療診断に関するエキスパートシステムに端を発した大きなブームといえる時期があり、その頃日本の人工知能学会も設立されました。人間のエキスパートの知識を人工知能が使えるように機械に取込むという知識獲得が重要なテーマでした。そのための技術として、機械学習も注目され、実用と理論の両方から活発に研究されていました。理論面では、計算理論や計算の難しさを扱う計算量理論を駆使した計算学習理論が盛んで、日本でも、アメリカに2年遅れて国際会議をスタートさせ、それは今でも毎年世界各地で開催されています。計算学習理論の重要な基礎として帰納推論というのがあります。演繹・帰納という文脈での「帰納」を機械学習の観点から考えるもので、日本人研究者も重要な貢献を果たしてきました。その研究の契機となったのは、「極限における同定」という概念です。機械は、データを次々に与えられ、ある時点で、それまでのデータを説明できる規則(仮説)を時折出力する。ある時点で、以後、それを永遠に変える必要がなくなるなら、それら(無数の)データからなる概念は、極限において同定できるというのです。しかし、それまでのデータを説明でき、その後、次々に新しいデータが来ても学習した規則で説明ができ、学習が完了したように見えても、ある時、その規則を満たさないデータが来ることもあります。その時には、それまでに苦労して習得した規則(仮説)を廃棄または修正して、そのデータも説明できるような新しい規則を探さなければならない。このように、機械学習は、厳密にいうと永久に続けなければならないプロセスなのです。このことは、我々人間にも重要な示唆を与えてくれます。いくら長い年月を費やして、多くの経験をして到達した人生観や信念であっても、それらは、それまでの経験に整合しているだけであり、未来永劫正しいとは限らない。時代の変化、社会構造の変化などで、新たなデータ(事実)に直面したならば、修正・変更しなければならない。そのことを、この機械学習の基礎理論は教えてくれているのです。人間もコンピュータも、いつまでも学び続けなければならない。学習に終わりはない。学習に終わりはない放送大学学園理事長有川節夫●有川節夫(ありかわせつお)1966年九州大学大学院修士課程修了、1969年理学博士。1980年九州大学教授、以後、大型計算機センター長、附属図書館長、総長特別補佐、副学長、理事・副学長などを経て、2008年9月第22代九州大学総長。2014年9月末総長退任、名誉教授。その後、2015年8月科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業研究主監、2015年12月(株)富士通研究所フェロー(有川ディスカバリーサイエンスセンター長)、2016年7月JST AIPネットワークラボ長、2017年4月から現職。