ブックタイトル季刊理想 Vol.126

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概要

季刊理想 Vol.126

●中村浩志先生プロフィール1947年生まれ。信州大学教育学部卒業。京都大学大学院修士課程修了および博士課程単位取得。専門は鳥類生態学。理学博士。これまでの主な研究はカワラヒワの生態研究、カッコウの托卵生態と宿主との相互進化に関する研究、ライチョウの生態と進化に関する研究など。2002年、カッコウの研究で第11回「山階芳麿賞」受賞。日本鳥類学会元会長。ライチョウ会議議長。主な著書に『戸隠の自然』『千曲川の自然』(ともに信濃毎日新聞社)、『甦れ、ブッポウソウ』「ライチョウが語りかけるもの」(ともに山と渓谷社)、『二万年の奇跡を生きた鳥ライチョウ』(農山漁村文化協会)など。連載人間と鳥の世界?中村浩志(信州大学名誉教授中村浩志国際鳥類研究所代表理事)托卵されていないのに、なぜ対抗手段を持っているのか?カッコウに托卵されていない地域の宿主は、托卵に対する対抗手段を持っているのだろうか?長野でカッコウの研究を始めて8年が過ぎた頃、この点についても調査しました。最初に調査したのは、現在カッコウに托卵されていない関東平野のオナガです。埼玉県の東松山市などで調査しました。その結果は、意外なものでした。巣の中にカッコウ卵に似せた擬卵を入れ、受け入れられるか排除されるかを実験した結果、この地域のオナガは、現在托卵されていないにもかかわらず、自分の卵とカッコウ卵を区別する卵識別能力が高かったのです。巣の前にカッコウのはく製を置いた実験の結果も同様で、関東平野のオナガの方が、カッコウに対する攻撃性が高いという結果でした。このことは一般的なことだろうか?次に、西日本平地のオオヨシキリで調査してみました。西日本の標高の低い地域には、カッコウは生息していないからです。まず、琵琶湖湖畔のオオヨシキリについて調査しました。擬卵実験の結果は、托卵されていない琵琶湖のオオヨシキリの方が長野より高い卵識別能力を持つという、同様の結果でした。巣の前にカッコウのはく製を置くと、普段はカッコウを見ていない琵琶湖のオオヨシキリの方が、高い攻撃性を示したのです。かつては、カッコウに托卵されていたのではないか?もしかしたら、関東平野のオナガや西日本平地のオオヨシキリは、カッコウに托卵された経験を持っているのではないか?では、そのことを示す証拠はないだろうか。古い文献にあたってみました。見つかったのは、江戸時代中期に徳川幕府により編纂された「享保元文諸托卵という繁殖習性はなぜ進化しえたのか?カッコウの托卵の研究が進むにつれ、カッコウはずるくないと思うようになりました。その巧妙な托卵習性は、托卵の道に入ったカッコウが長い時間をかけて進化させた進化の産物なのです。国産物帳」、江戸時代後期の広島県の「安芸藩国郡志下調べ書き」と山口県の「防長風土注進案」です。産物帳は、幕府が全国の藩に指示し、農作物、動植物等の産物をまとめて提出させたものです。広島と山口県の資料は、同じことを藩が町村に対し行ったもの。全国資料からは、カッコウが当時生息すると記され、かつ現在は生息していない地域は、西日本に集中していることから、江戸時代には西日本にもカッコウが広く生息していたことがうかがえます。また、広島と山口の地方資料からも、標高の低い町村にもカッコウの記載があり、当時は平地に広くカッコウが生息していたことがわかりました。江戸時代、西日本の平地にカッコウが生息していれば、当然オオヨシキリにも托卵していたと考えられます。オオヨシキリは、その頃に確立した対抗手段を、托卵されなくなった現在も持ち続けていたのです。季刊理想2017冬号◆11