ブックタイトル季刊理想 Vol.125
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季刊理想 Vol.125
写真2:オナガ卵(左下1個)とオナガの巣に 托卵されたカッコウ卵写真3:1933年長野県の愛染村(現在の池 田町)で採集されたホオジロ卵そっくりの カッコウ卵(山階鳥類研究所所蔵)オナガが生息していたのですが、ちょうどその20年後の1988年、托卵が本格的に始まっていたこの年には、すでに三分の一以下の77羽に減少していました。中には、同じ長野市郊外の更埴地区のように、托卵が始まってからオナガがいなくなった地域もありました。オナガによる反撃 最初、カッコウに一方的に托卵されていたオナガは、その後反撃に出たのです。調査を開始した当初、千曲川ではオナガの巣に托卵されたカッコウ卵の8割は受け入れられていたのですが、その割合はその後次第に減少し、10年後には3割ほどになりました。カッコウの托卵に気づき巣を放棄する個体や、カッコウ卵のみを巣から取り除く個体が増加したからです。長野県内で当時オナガへの托卵歴が最も古かったのが安曇野(開始から約20年)、最も新しかったのが野辺山(約10年)、その中間が長野市郊外の千曲川でした。これら3ヶ所で、オナガの卵識別能力を比較してみました。3地域のオナガの巣にカッコウ卵に似せた人工の擬卵を入れ、その卵が受け入れられるか排斥されるかを実験したのです。結果は、托卵歴の古い地域のオナガほど卵識別能力が高く、新しいほど低いという結果でした。また、オナガの巣の前にカッコウのはく製を置き、オナガがどの程度はく製に攻撃するかも3地域で実験しました。その結果も、托卵歴の古い地域ほど攻撃性が高く、新しい地域では低いというものでした。 これらの事実から、托卵が始まってから10年ほどで、オナガはカッコウに対する攻撃性や卵識別能力を身につけカッコウ卵を排斥する対抗手段を確立しだしていたのです。オナガがいなくなった地域がある一方で、長野市郊外の千曲川や川中島では、いったん減少したオナガがその後増加に転じました。カッコウ卵はなぜ不利な線模様を持っているのか? オナガの巣に托卵されたカッコウ卵は、大きさや卵の模様にかなりの変異がありました(写真2)。これらのカッコウ卵のうち、オナガ卵にない線模様を多く持つ卵や小型の卵ほど、オナガに排斥される傾向がありました。オナガが卵識別能力を確立し、自分の卵に似ている卵は受け入れ、似ていない卵は排斥する自然選択が働き出したのです。 ここで、大きな謎に直面しました。なぜ、カッコウ卵の多くは、不利な線模様を持っているのでしょうか。千曲川では、カッコウはオオヨシキリとモズにも托卵していますが、そのどちらの宿主も線模様を持っていません。これらに托卵されたカッコウ卵も、同様に線模様の多い卵ほど排斥されていたのです。卵に線模様を持つ宿主は稀で、長野県下で線模様を持った宿主はホオジロでした。 石沢(1930)は、全国のカッコウの宿主と卵模様の検討から、信州および富士山麓では、ホオジロへの托卵が多く見られ、ホオジロ卵に似た線模様を持つカッコウ卵は、この地域の特産であると述べています。実際、そのころに採集されたホオジロ卵そっくりなカッコウ卵が、今も各地の博物館に残されています(写真3)。ところが、それから60年が経過した当時の長野県では、ホオジロへの托卵はごく稀で、ホオジロ卵そっくりなカッコウ卵はほとんど見られなくなっていました。また、我々が様々な宿主の卵識別能力を調査した結果、ホオジロは極めて高い卵識別能力を持っていることがわかったのです。 これらの事実を総合すると、60年前に長野県ではホオジロにカッコウが盛んに托卵しており、ホオジロ卵に似た線模様の多いカッコウ卵が多く見られたが、その後ホオジロが高い卵識別能力を獲得した結果、ホオジロに托卵できなくなったものと考えられます。おそらく、現在のカッコウ卵に見られる線模様は、かつてホオジロに托卵していた頃の名残と考えられます。線模様の多いカッコウ卵が排斥される自然選択が続いたら、現在似ていないカッコウ卵が比較的短期間に線模様を失い、オナガ卵に似てくることが予想されます。このことは、カッコウ卵の模様などは、自然選択を通して進化する事実を、我々は目で確認できるまたとないチャンスに恵まれたことを意味しているのです。図1:長野県におけるオナガとカッコウの標高分布の変化とオナガへの托卵開始16 ◆ 季刊理想 2017 秋号