ブックタイトル季刊理想 Vol.122

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概要

季刊理想 Vol.122

塒となるヒマラヤスギの上に設置したフクロウの剥製使えなくなり、子供たちが校庭で遊べなくなる事態となりました。市は多額の予算を使いヒマラヤスギの上半分を切ったのですが、それでも数万羽のムクドリは塒場所を変えようとしません。猛禽類を利用した撃退作戦 万策尽き、打つ手がなくなったこの段階で、信州大学で鳥の研究をしている私に、ムクドリ撃退の相談がありました。現地を視察し、事態の深刻さを理解した私は、記者会見を開き、ムクドリ撃退作戦を事前にマスコミに公開しました。その結果、その日の夕方から、テレビ局各社が毎夕にわたりムクドリ撃退の様子を実況中継することになったのです。計画では4日間で撃退する予定でしたが、3日間で撃退に成功し、数万羽のムクドリは市街地から全くいなくなり、郊外に塒場所を移したのです。 私がとった作戦は、ムクドリが最も怖がるものを使い、市街地は安全な塒場所ではないことを、ムクドリに教えてやることでした。彼らが最も恐れるのは、日中はオオタカなどのタカ類、夜は夜行性のフクロウといった猛禽類です。大学の研究室にあるクマタカ、オオタカ、ハヤブサ、ハイタカ、さらにフクロウの剥製(写真下)をヒマラヤスギ等の目立つ場所に設置しました。しかし、剥製だけでは効果は一時的です。すぐに本物でないことが見破られてしまうからです。剥製と一緒にこれらの猛禽の声を使うことにしました。 夕方集まってきたムクドリの群れは、塒の上空を何度も旋回し、塒場所が安全かを確かめます。群れが旋回を始めた絶妙なタイミングを計り、私の合図で校庭の拡声器から猛禽の声を一声流したのです。ムクドリはこの声で猛禽の存在を知り、下を見ると猛禽がいることに気付くことになります。 この作戦は、予想以上の効果がありました。旋回行動は大きく乱れ、この段階で塒を取ることを諦めさせる効果がありました。 しかし、夕方遅くに集まってきた個体は、簡単には諦めません。中には30㎞も離れた場所から集まって来る個体もいます。暗くなり始めると、強引に塒のヒマラヤスギにとまる個体が見られました。その場合には、市の職員や町内会の人の協力を得て、ロープを引っ張り、木を揺する作戦、最後はロケット花火の作戦です。街中でロケット花火を上げたら、どこに飛んでゆくかわかりません。そのため、校庭からヒマラヤスギの頂上に針金を張り、針金に沿ってロケット花火を上げたのです。野生動物はペットとは異なる 初日の試みで、ヒマラヤスギの塒からの追い払いに成功しました。しかし、そこから追われた個体の一部は、周りの地域の樹木や電線にとまり、そこに塒を取り始めました。次の作戦は、大声を出し、手をたたき、爆竹を使ってこれらの群れの追い払いです。暗くなり、この時点で郊外に移動することもできなくなったこれらの群を、市街地のどこに塒を取ろうとしてもそのつど追い払われる状態にしたのです。その結果、2日目には塒に集まって来るムクドリの群れは10分の1に激減し、3日目にはさらにその10分の1となり、4日目には集まる個体がいなくなりました。 驚いたのは、ムクドリの群れに長年悩まされてきた町内会の人たちです。お礼をしたいということで料亭に招かれ、感謝状をいただくことになりましたが、その席にもテレビの実況中継が入り、作戦の成功が大変話題になりました。学生の頃から様々な鳥を研究してきた私にとって、市街地からのムクドリ追い払いは、それほど難しい課題ではありませんでした。市街地に塒を取るようになった彼らの気持が、誰よりも良くわかるからです。私が子供の頃は、空気銃でムクドリなどの野鳥を捕って食べていました。その頃は、野鳥にとって人は怖い存在でした。しかし、その後人が野鳥に危害を加えなくなったため、野鳥は数十年かけて、郊外に塒を取るよりも、一晩中明るく、人や車が絶えない市街地の方がフクロウなどの天敵から安全で、かつ快適に夜を過ごせることを学んだのです。夜には人がいる場所の方がかえって安全であることを学んだのは、スズメやカラスなどほかの多くの野鳥も同様です。 野生動物と人との関係はどうあるべきか、改めて考えてみることが必要に思います。今回の問題が示すように、市街地に人と野生動物が一緒に住むことは無理です。ムクドリはかつてのように郊外の森に戻り、人とは互いに住み分ける関係を取り戻すことが必要です。それには、かつてのように人と野生動物とが一定の緊張関係をとり戻し、人は怖い存在であることを示す必要があります。野生動物はペットとは異なります。行き過ぎた動物愛護は、自然のバランスを崩し、様々な問題を引き起こすからです。12 ◆ 季刊理想 2016 冬号